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  • 2021年05月17日

トラウマを乗り越え、想いが届いてアンバサダーに。おうちdeいわきカレーアンバサダー愛川りなさんにインタビュー

narrowでは、毎月イメージモデルやアンバサダーなど、一般企業主催のオーディションを多数掲載しております。
オーディションでイメージモデルやアンバサダーに選ばれることで活躍の機会を増やしている受賞者も続々とでています!

そこで、今回は、“福島県いわき市魅せる課”主催の、「おうちdeいわきカレーアンバサダー」に選ばれたお三方に取材しました。
第3弾は、愛川りなさんです。

舞台や映画での活動を中心にされており、SNSはまだフォロワー数も3桁だという愛川りなさん。それでも今回見事、アンバサダーを獲得されています!
SNS審査といえども、フォロワー数ではなく、“伝える想いの強さ”が重要だということを、教えてくれました。
オーディションを受けるのはSNSでしっかりフォロワーを獲得してから、と思っている方、是非、記事をチェックしてみて、オーディションを受けるヒントを得てくださいね!

芸能界を目指したきっかけはなんですか?

小さいきっかけはたくさんあったんですが、一番大きなきっかけは東日本大震災です。
当時、原発から30キロ圏内の福島県広野町に住んでいたんです。
そこで言い表せないような色々な経験をして、この出来事を作品にして残していけたらと思いました。
私は、西田敏行さんにすごい憧れているのですが、10年前の震災の時に、西田さんが被災地支援をしているのを知って、私もそういう風になりたいと思いました。
いつか、アカデミー賞優秀賞を受賞した「Fukushima50」のような作品に出たいと、強く思っています。

narrowへの登録はいつごろからしているんですか?

私は16歳からお芝居をしているのですが、narrowには20歳くらいに登録しました。
その時、既に芸能活動はしていたものの、SNSはTwitter、Instagram共に、インフルエンサーのような活動はできていなくて。SNSも、こういう時代なので絶対必要ですし、頑張って投稿はしているんですけど…
いまはSNSより、主に日本舞踊や殺陣の舞台といった、現場のオーディションや舞台に出ています。

おうちdeいわきカレーアンバサダーの応募のきっかけはなんでしょう?

もともと、narrowのサイトはよく見ていたんですけど、そこで“いわき市”と出てきて、びっくりしたんです。「いわき市って、あのいわき市かな!?」みたいな。
ちゃんとみたら、まさに福島県いわき市で、これは絶対獲りたいなって。
同時期に草津のアンバサダーとかもあったんですけど、いわき市しか目に入らなかったですね。

他のオーディションは受けたことはありますか?

narrowだけでなく、舞台や映画など、オーディションはたくさんうけていました。
アンバサダーのオーディションは、「これかわいいな」と思ったり、人に本気で勧めたいものしか応募していません。
「とりあえず何でもいいから」という応募は、したことないです。

受賞の感想をおしえてください!

まずは、「報われたな」と思いました。10年間の辛かった日々が。
震災後、ワケも分からないまま、「バスが出るから」と、いきなり被災地から関東に向かわされて。体育館で雑魚寝したり、転校先ではかなり差別を受けました。
当時、中学生だったのですが、「放射能」「原発」「福島かよ」って、すごい言われてしまって。
いまだにプールには入れないし、海を見たらざわっとします。
そんなたくさんのトラウマの中で10年間生きてきて、今回アンバサダーに選ばれて、「あぁ、やっと報われたのかな」って。やっぱりそれが一番最初の感情でしたね。
嬉しさの度合いが違うというか、普通のオーディションに受かった時は「やったー!」って感じなんですけど、今回のオーディションは「あぁ、やっとか。」としみじみ思いました。

―東京を嫌いにはならなかったのですか?

福島には戻りたかったんですけど、親の事情もあったので、私1人では決められませんでした。
ひたすら我慢していて、我慢していく中で“表現活動”という自分の居場所をみつけたんです。
学校にいる時間よりも、お芝居をしている時間の方が長かったんじゃないかなって思います。平気で学校をさぼって、お芝居ができる場所に行っていましたね(笑)

―演劇をすることが、心のささえになっていたのでしょうか?

普段の日常生活から、感情を殺すんですよね。辛いと思ったら終わっちゃうから。
自分を守るために、感情を殺しているんです。
お芝居するときは、そういうのが無いから、そこで発散していた部分はあります。

オーディション時の、“東日本大震災を忘れない”というハッシュタグへの想いを教えてください

いまだに風評被害ってあるんですよね。福島のものだから買わないって。
言ってみたら、私も野菜たちと同じ扱いを受けたわけじゃないですか。なんか汚いみたいな…。
“風評被害に負けない”とかだと、表現が直接的すぎるので、遠回りに、でも伝わるようにハッシュタグは考えました。みんなにも、あの出来事を忘れてほしくないという想いを込めて。
世間では、「もう10年か」って感じですよね。
でも、私は、10年経って“やっと”こういう活動ができるようになったんです。
ここに来るまで、震災関連の活動はできなかったし、震災のことなんて語れませんでした。

―すぐには震災のことを語れなかったのですね

震災から8年間、福島出身ということが言えませんでした。福島出身であることでいじめられたことがトラウマになってしまったからです。
実は、20歳になるまでずっと、関東出身という嘘をついていたんです。
今まで福島出身ということ隠してきたくせに、アンバサダーをやっていいのかなと少しだけ思ってしまって。
でも、これからは、隠してきてしまった分、「福島の為に何かしたいな」という気持ちの方が大きいです。

―福島出身といえるようになったきっかけはあったのですか?

20歳前後の時に自分のお芝居に変化があったんです。
お芝居の中で、今まで感情を60%くらい出せていたとしたら、ある時100%ガーっと出せて、タガが外れた瞬間があって。
その時に振り切れちゃって、役者としての自信もつき、「福島を代表する俳優になりたい」と初めて思いました。そこからはちゃんと言えるようになりましたね。
よく考えたら、私を今までいじめてきた人間って、大したことない人間なんですよね。そんな人たちに振り回される人生嫌だなって思ったんです。

アンバサダーに選ばれた理由は何だと思いますか?

オーディションのときに、当然ながら、地元について突っ込まれたんですよね。
だから正直、地元票という部分は少なからずあるのかなって。
ただ、私のオーディションにかける想いは、一番強かったと断言できます。
参加者の投稿を見てみたら、みんな関東の人だったり、親戚が福島にいるとかだったので、実際に福島県で被災した私が、一番執念深かっただろうなと思います。
就任式の時に震災への想いも話したんですけど、市長さんがこっちをみてうんうんと頷いてくれていたので、そこでも泣きそうになりました。

ただ、応募の時点では、想いは人一倍でしたけど、「SNS審査でこんなに少ないフォロワー数じゃ話にならないのでは…」とも思ったんですよ。
そこからファイナリストに選ばれて、「フォロワー数じゃないんだな、いわき市はちゃんとみてくれるんだな」って、嬉しくなりましたね。

オーディションで工夫した点はありますか?

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オーディション時のカレー

その時17LIVE(イチナナ)の配信もしていたので、フォロワーのみんなに手伝ってもらった部分はあります。
私のためだけに、Instagramを登録してくれた人もいて。
そういう人たちに、どういうカレーのアレンジがいいか聞きました。
なので、私の投稿には、私を応援してくれる人の意見が詰まっています。
レストランみたいに素敵なアレンジカレーばかりだったので、心配ではありましたが、「いわき市はきっとわかってくれる」って勝手に信じていました。

いわきカレーの好きなところはどこですか?

ジャムをいれるという発想はなくて、最初は「本当に!?」って思ったんですが、入れてみたらジャムの酸味がすごくおいしくて。
CM撮影の時には、レシピ通りのブルーベリージャムだけでなく、福島のイチゴジャムもいれたんですよ。気づいたらジャム入りカレーの虜になってました(笑)

【CM動画】

いわき市のおすすめをおしえてください!

いわき市は「ら・ら・ミュウ」があったり、海が近くてお魚がおいしいです!
震災前に家族で行ったときは、その場でマグロを解体してくれたり、カニ汁立ち食いとか、産地のものを食べられる市場があって。
今は海が苦手になってしまったけど、海はキレイだったし、魚はおいしいですし、野菜もおいしくて。いわき市はとても美味しい特産品が多いです。

最終面接では何を話されましたか?

「福島のどこが好き?」とか、「どうやったら風評被害がなくなると思う?」ということを聞かれました。
風評被害については、細かいことをつらつらと伝えても、聞かない人は聞かないと思うんです。
なので、「美味しいものには、美味しいと言えばいいだけ!」と答えましたね。
CM撮影の時も、普段はあまりニコニコ愛想よくしないけど、美味しさが伝わるように全力の笑顔を心掛けました(笑)
あと面接ではやはり震災当時のことを聞かれて。その時も涙が出てしまったのですが、「電車じゃ泣けないだろうから、ここで泣いていきなさい」って言ってくれたのが、印象に残っています。

―最終面接に向けてなにか準備はしましたか?

最終審査にむけての準備は、出来るだけ崩れない心の強さというか…
震災のことは絶対聞かれると思ったので、心の奥底にしまっている嫌な記憶をがんばって掘り起こしました。
いきなり引き出したら絶対崩れてしまうから、リハビリ的に少しづつ引っ張り出すという、メンタル的なトレーニングをして臨みました。

―メンタル的にきついことが分かっていても、全てさらけ出そうと思ったのはなぜですか?

本気でぶつからないと、アンバサダーは獲得できないと思ったからです。
気持ちを隠して気取っても相手には伝わらないと思うし、本気でこっちが伝えたら、いわき市がきっと選んでくれると思っていました。

今後の目標を教えてください!

Fukushima50を超える映画に出たいです。
また、自分に起きた出来事を文章にしていたりもするので、演者としてだけでなく、制作側にも携われたらいいな、と思っています。
Fukushima50は原発作業員の話でしたが、原発事故に巻き込まれた人の何年後とか、どう生きてきたかとかを映画にできたらいいな、と思います。
私以外にも、家族が流されてしまったり、家がなくなってしまったり、苦しんでいる人はたくさんいます。
そういう人たちのための応援映画になるような作品を、今後は創っていきたいです。

narrowユーザーへのメッセージをおねがいします

想いを持って行動すれば、なにか変わると思います。
一緒に頑張っていきましょう。

―編集後記

東日本大震災でとても辛い思いをし、芸能の世界に入った愛川りなさん。
伝えたい想いが強ければ、きっと見てくれる人がいます。そして、自分をさらけ出して本気でぶつかることは、誰でも、どのオーディションでも大事なことだと思います。
みなさんも、是非、自分の経験してきたことや、見てきたものをアウトプットする機会を得てください。
まずはどんなアンバサダーオーディションがあるのか、narrowでチェックしてみてくださいね!

本人からのメッセージ

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愛川りな

俳優
いわき市農産物PR事業
おうちdeいわきカレーアンバサダー

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福島県いわき市魅せる課

いわき市は、福島県の東南端、茨城県と境を接する、広大な面積を持つまちで、東は太平洋に面しているため、寒暖の差が比較的少なく、温暖な気候に恵まれた地域。
年間2,000時間を超える豊富な日照時間と恵まれた自然環境の中、まじめな生産者が思いを込めていわき野菜を育てている。
【いわきカレー】
「おうちdeいわきカレー」公式レシピは、2016年から3年連続ミシュランビブグルマンを獲得した人気バル「リゾットカレースタンダード」オーナーシェフであり、「かしわビストロバンバン」を渋谷と福岡で展開する注目の人気シェフ高城直弥氏が全面監修!

この記事を書いた人:いいむら ゆう